経営者のための労働法令ノート
事業活動には、多くの労働・社会保険法令が関わります。
ここでは経営者の方が押さえておきたいポイントを記載していきます。
最低賃金
時間当たりの賃金で定められている
最低賃金法により、都道府県ごとに時間当たり賃金の最低額が定められています。雇用する労働者に賃金を支払うときに、これを下回ることはできません。違反した場合、50万円以下の罰金に処せられます。
最新の最低賃金額は都道府県の労働局ホームページ等で確認できます。
神奈川県の最低賃金額は 983円(2018.10.1~)となっています。
なお、最低賃金は次の賃金を除外して算定します。
- 臨時に支払われる賃金(出産手当等)
- 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与等)
- 所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金(時間外手当等)
- 所定労働日以外の日の労働に対して支払われる賃金(休日手当等)
- 深夜労働に対して支払われる賃金のうち、通常の労働時間の賃金の計算額を超える部分(深夜割増賃金等)
- 精皆勤手当、通勤手当、家族手当
減額特例
次の場合には、労働局長の許可を前提に減額の特例が認められています。
- 精神又は身体の障害により著しく労働能力の低い者
- 試の使用期間中の者
- 職業能力開発促進法に規定する認定職業訓練のうち職業に必要な基礎的な技能及びこれに関する知識を習得させることを内容とするものを受ける者であって厚生労働省令で定めるもの
- 軽易な業務に従事する者及び断続的労働に従事する者
募集・採用における年齢制限の禁止
労働者の募集及び採用について、原則として年齢制限(〇歳未満、〇歳以上等)を設けることは禁止されています。
年齢制限禁止の例外
- 定年の定めがある場合に、定年年齢を下回ることを条件にする場合
- 法令の規定により特定の年齢範囲に属する労働者の就業が禁止又は制限されている場合
- 長期間の継続勤務による職務に必要な能力の開発及び向上を図ることを目的に、青少年その他特定の年齢を下回る労働者の募集及び採用を行うとき(職業経験を求人の条件とせず、新卒又は新卒同等の処遇で募集及び採用を行うときに限る)
- 技能、知識の継承を図ることを目的として、特定の職種において労働者数が相当程度少ない特定の年齢層に限定して募集及び採用を行うとき
- 相当程度少ない:同じ年齢幅の上下の年齢層と比較して人数が2分の1以下
- 特定の年齢層:30歳から49歳までのうち、5~10歳までの特定の年齢幅
- 芸術又は芸能の分野における表現の真実性等を確保するため必要があるとき
- 高年齢者の雇用促進を目的として60歳以上の高齢者を募集及び採用するとき又は特定の年齢層の雇用を促進する国の施策を活用して、対象となる者に限定して募集及び採用を行うとき
※1,3,4は期間の定めのない労働契約の締結を目的とする場合に限る
労働条件の明示義務
使用者は、労働契約の締結に際し、労働条件を明示する義務があります。
また、明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は即時に労働契約を解除することができるとされています。
就業規則が定められていれば、適用される部分を明示して交付することでもOKですが、定めていない場合には労働条件通知書又は雇用契約書等に記載して交付することが求められます。
絶対的明示事項(必ず明示が必要)
- 労働契約の期間に関する事項
- 期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項
- 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
- 始業及び終業の時刻
- 所定労働時間を超える労働の有無
- 休憩時間
- 休日
- 休暇
- 二組以上に分けて就業させる場合の就業時転換に関する事項
- 賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期
- 昇給に関する事項
- 退職に関する事項
- 解雇事由
※上記のうち、昇給に関する事項以外は書面による明示が必要
相対的明示事項(定めがある場合に明示が必要)
- 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
- 臨時に支払われる賃金、賞与、最低賃金に関する事項
- 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
- 安全及び衛生に関する事項
- 職業訓練に関する事項
- 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
- 表彰及び制裁に関する事項
- 休職に関する事項
法定帳簿の備付・保存義務
労働基準法により、事業場ごとに各帳簿の備付及び保存が義務付けられています。
これらの帳簿は、社会保険手続や助成金申請時に参照するほか、添付書類として提出したり、行政官庁の調査対象になったりします。
労働者名簿
労働者ごとに以下の事項を記載します。
- 氏名
- 生年月日
- 性別
- 住所
- 雇入れの年月日
- 従事する業務の種類
- 退職又は死亡の年月日及びその事由(解雇理由を含む)
- 異動履歴等
保存期限は退職・解雇又は死亡のときから3年間です。
賃金台帳
賃金を支払う都度、記帳することになっています。
賃金計算の基礎となる事項及び賃金額を記載します。
- 氏名
- 性別
- 賃金計算期間
- 労働日数
- 労働時間数
- 時間外、休日、深夜の労働時間数
- 基本給、手当その他賃金の種類毎にその額(現物給与の額も含む)
- 社会保険料、税金、組合費等控除した額
保存期限は最後の記入をしたときから3年間です。
出勤簿
出勤簿は勤怠管理のための帳簿であり、賃金計算の基礎となるほか各種届出において添付・確認書類とされることが多くあります。
記載内容は各日の出欠、出退勤時刻等の勤怠情報となります。
保存期限は労働者名簿同様に完結のときから3年間です。
年休管理簿
2019年4月施行の改正労働基準法により備付が義務化されました。
労働者ごとに年休の基準日、取得日数等を記録します。
保存期限は3年間です。
法定労働時間と法定休日
法定労働時間と所定労働時間の違い
法定労働時間は法律により、休憩時間を除き
- 1日8時間
- 1週40時間
と定められており、この枠を超えて労働させることは原則として違法となります。
※特例事業として商業、映画・演劇、保健衛生、接客娯楽の業種で労働者数が10人未満の事業場については、1週44時間まで働かせることができます(現実に多くの店舗、商店等がこの特例事業に該当する)。
所定労働時間とは、事業場ごとに就業規則等で定められた労働時間です。
1日7時間とすることも、曜日によって異なることも可能です。
所定労働時間を超えても、法定労働時間を超えなければ違法にはなりません。
法定労働時間の例外的な取扱い方法として、
- 変形労働時間制(1か月単位、1年単位、1週間単位、フレックスタイム制)
- 裁量労働制(事業場外労働、専門業務型、企画業務型)
- 災害等で臨時の必要がある場合
- 36協定締結による時間外労働
等があります。これらの制度を利用するためには、一定の要件、手続が必要となります。
法定休日と所定休日の違い
法定休日:休日は次のいずれかの方法により与えることとされています。
- 毎週少なくとも1回の休日を与える
- 4週間を通じ4日以上の休日を与える
法律上は具体的な曜日や日付を指定していません。上記の考え方によって休日が確保されていれば、法違反にはなりません。
※就業規則等により、具体的に特定(例:日曜日 等)することが望ましい
所定休日は、事業場ごとに社内ルールとして定めた休日です。
法定休日に該当しない休日は、法定外休日となり、労働基準法上の法定休日として扱いません。
法定時間外労働、休日労働と36協定
法定時間外労働
ここでは変形労働時間制の場合を考慮せず、原則的な解説を行います。
法定時間外労働とは、1日又は1週間の法定労働時間を超えて働いた時間を言います。
例1)
1日9時間働いた場合
→9-8=1時間の法定時間外労働
例2)
月曜~土曜まで6日間各8時間働いた場合
→6×8-40=8時間の法定時間外労働
法定休日を日曜日、法定外休日を土曜日とする週休2日制の事業場等において、例2のように法定外休日の土曜日に労働を行っても法律上は休日労働になりません。
1週間の法定労働時間の総枠の中で、法定外休日の労働も含めて超過した時間を法定時間外労働として扱います。
仮に週休2日制の事業場において、法定外休日の土曜に出勤したとしても、各日及び1週間の労働時間が法定労働時間を超えない場合には、法律上の時間外労働は発生しません。
また、労働時間は実労働時間で算定されるため、終業時刻が午後5時の事業場において、午後1時から出勤した労働者が午後6時まで働いたとしても、実労働時間は5時間となり法定時間外労働は発生しません。
法定休日労働
会社が法定休日と定めた日や、毎週1回の原則に従って与えられている法定休日等に働かせた場合に、法定休日労働となります。
法律上の休日労働となるのは、法定休日に働かせた場合となります。
36協定
法定時間外労働、又は法定休日労働を適法に行わせるためには、次の要件を具備することが必要です。
- 会社が法定時間外労働、又は法定休日労働を命じることがある旨を、就業規則等により労働条件として明示し、労使で合意していること
- 労働基準法第36条の規定により、労働者の過半数を代表する者(又は過半数で組織する労組)との間で労使協定(36協定)を締結し、必要事項を記載した様式により労働基準監督署へ届出していること
1は、時間外労働等を命じるための民事上の根拠となります。
2は、法定時間外労働又は法定休日労働を行わせても、法律上の罰則を免除されるための手続となります。
36協定を締結・届出せずに法定時間外労働又は法定休日労働を行わせた場合、仮に時間外手当等を支払っていたとしても違法労働となります。
割増賃金
割増賃金率
次の割増賃金を支払わなければなりません。
法定時間外労働 | 2割5分以上 |
---|---|
法定休日労働 | 3割5分以上 |
なお、法定時間外労働については、月60時間を超える場合の超えた部分は、5割以上とする必要があります。この月60時間を超えた場合の割増賃金率について、現在中小企業は適用が免除されていますが、2023年4月からは中小企業にも適用されます。
また、労働時間が深夜時間帯(原則午後10時~午前5時)に及ぶ場合には、2割5分以上の深夜割増賃金を支払う必要があります。
割増賃金が必要な場合
法律上は次の場合に支払えば足ります。
時間外割増賃金 | 法定時間外労働 |
---|---|
休日割増賃金 | 法定休日労働 |
深夜割増賃金 | 深夜労働 |
ただし、会社の就業規則、賃金規定等で次のように定めている場合には、それに従って支払う義務が生じます。
時間外割増賃金 | 所定外労働に対して支払う→所定労働時間を超えたら支払い要 就業時間帯以外の労働に対して支払う→午後出勤でも終業時刻を超えたら支払い要 |
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休日割増賃金 | 所定休日労働に対して支払う→法定外休日であっても休日割増賃金の支払い要 |
割増賃金の関係
法定休日以外においては、1日又は1週間の法定労働時間を超えた場合を法定時間外労働としていますが、法定休日はこれとは別枠で、何時間働いても一律に休日労働として扱います。
したがって時間外割増賃金と休日割増賃金は原則併給されることはありません。これに対して深夜割増賃金は、休日であれ休日以外であれ、深夜時間帯に労働が行われた場合には上乗せで支給要となります。
割増賃金の基礎とならない賃金
次の賃金は、原則として割増賃金計算の基礎に含めません。ただし、名称によらず実態により判断します。
- 家族手当
- 通勤手当
- 別居手当
- 子女教育手当
- 住宅手当
- 臨時に支払われた賃金
- 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金
社会保険は要件に該当すると強制加入
社会保険には事業形態、業種、規模、労働者の雇用形態等に応じて適用要件が定められており、一定の要件に該当すると強制適用となります。
強制適用の場合、事業主の意思とは無関係に保険関係が成立し、届出や保険料の納付義務が発生することになります。
社会保険に加入するメリットは多くあります。
- 病気やケガ、出産等による休業、又は失業などで収入を失ったときに、所得補償給付が受けられる
- 被扶養者の制度により、保険料負担が軽減される
- 厚生年金により将来の年金額が増える、障害・遺族給付が充実する
- 出産、育児休業時の保険料免除がある
高年齢者雇用安定法
定年を定める場合は60歳以上
定年の定めをする場合には、60歳を下回ることができません。
(鉱業法に規定する坑内作業の業務を除く)
雇用確保措置
65歳未満の定年の定めをしている場合は、次のいずれかの措置を講じる必要があります。
- 定年の引き上げ
- 継続雇用制度の導入
- 定年の定めの廃止
継続雇用制度は、退職又は解雇事由に該当しない限り、原則として希望者全員が対象となります。
雇用状況の報告
事業主は、毎年6月1日~15日までに、6月1日現在における定年及び継続雇用制度の状況その他高年齢者の雇用に関する状況をハローワークに届け出る必要があります。
労働契約法
労働契約の原則
労働契約は、労使双方の自主的な交渉のもと、合意により成立し、又は変更することができるという合意原則を定めています。
労使双方に求められる労働契約(締結・変更)の原則
- 対等の立場における合意に基づくこと
- 就業の実態に応じて、均衡を考慮すること
- 仕事と生活の調和にも配慮すること
- 労働契約を遵守し、信義に従い誠実に、権利を行使し及び義務を履行すること
- 権利濫用の禁止
安全配慮義務
使用者には、労働者の生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をすることが義務付けられています。
安全・衛生面への配慮を欠いた結果、労働災害が発生した場合には、安全配慮義務違反として不法行為に基づく責任を問われる可能性があります。
有期労働契約の無期転換ルール
有期契約で雇用する労働者について、同一の労働者との間で締結された2以上の有期労働契約期間が通算5年を超えた場合、当該労働者には無期雇用契約の申込権が発生します。
- 無期転換の申込権を行使できるのは、現在の労働契約が満了するまで。ただし、労働契約が更新された場合には再度申込権が発生。
- 労働者が申込権を行使した場合、使用者は承諾したものとみなされる。
- 無期転換した場合の労働条件は、契約期間を除き現状の労働条件と同じとなる。(別段の定めがある場合を除く)
なお、通算契約期間が3年に達する前に、有期契約労働者を無期契約又は正社員に転換すると、助成金を受給できる場合があります。(キャリアアップ助成金)
健康診断の実施義務
法定の健康診断
労働安全衛生法により事業主には健康診断の実施が義務付けられています。
一般健康診断
対象:常時使用する労働者
- 正社員
- 契約期間が1年以上かつ週所定労働時間がフルタイム正社員の4分の3以上の労働者(※1)
雇入れ時の健康診断 | 労働者を雇入れたとき(※2) |
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定期健康診断 | 1年以内ごとに1回 |
特定業務従事者の健康診断 | 一定の有害業務に従事させる場合 (配置替えの際及び6か月以内ごとに1回) |
海外派遣者の健康診断 | 6か月以上海外派遣する際及び帰国後国内業務に就かせる際 |
※1.この要件を満たさない労働者について、法定外の健康診断を実施すると助成金を受給できる場合があります。(キャリアアップ助成金)
※2.健康診断を受診してから3カ月以内の者を雇入れる場合は、結果を証明する書面の提出を受けることで、その診断項目に相当する項目を省略できることとされています。
健康診断の費用・賃金について
- 健康診断に要する費用は事業主が負担しなければならない
- 一般健康診断中の賃金は、支払うことが望ましい(当然の義務ではない)
特殊健康診断
屋内の有機溶剤業務、高圧室内業務、放射線業務等に常時従事する労働者に対しては、雇入れの際、配置替えの際、及び6か月以内ごとに1回(粉塵作業に従事する場合のじん肺検診は3カ月以内ごとに1回)、特別の健康診断を実施することが義務付けられています。
特殊健康診断は所定労働時間内に行うことが原則とされており、賃金(時間外に行われた場合の割増賃金含む)の支払いが必要となります。
以上の健康診断のほかに、雇入れの際及び配置替えの際には、従事する業務に関する安全衛生教育(一定の危険・有害業務については特別教育)の実施も義務付けられています。